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元名人・佐藤天彦九段が語る「藤井棋聖の強さの秘密」
藤井新棋聖がなぜ、どのように『強い』のかは、棋聖戦挑戦者決定トーナメント準決勝で戦った元名人、佐藤天彦九段の以下の記事が分かりやすい。
ポイントをかいつまんでみる。
圧倒的な計算力
- 将棋の歴史の中でもこれだけ先を読めた人がいたのかな?と思うほどの「読みの数」
- 算数の四則計算に例えると、他の棋士が「240くらいだ」と概数で計算値を割り出すのに対し、藤井棋聖だけは「241.51である」というように、小数点以下2桁まで正確に答えをはじき出す「読みの精度の高さ」
ソフトによる研究から外れたところの「地力が圧倒的」
- 「AIによる研究が武器」と言われているが、ソフトを用いた研究は多くの棋士がやっていることであり、そこでは差はつかない
- 研究から外れたところの「地力」が圧倒的。研究という要素がかすむぐらいの地力の強さ
『藤井さんくらいの計算力がないと、ソフトが示すような局面は理解できない』
- ソフトが示す手は非常に微妙な均衡の上に成り立っており、少しでも足を踏み外すと、奈落の底に真っ逆さまとなってしまう
- そのため多くの棋士はソフトを使って研究しているが、バランスを崩し、指しこなせない
- 将棋の棋譜数(初手から詰までに至るパターン)は最低でも「10の220乗」ある
- その中からその場面に最適な一手をセレクトするのは量子コンピューター並の計算能力
- さらに藤井棋聖にはソフトが指し示す手を理解し、その上で連続性を持って終盤まで見通しきる大局観がある
とのこと。
ファンタジー系の物語で、強大な力を得るために魔神に魂を売って融合したものの、魔神の力が強すぎて肉体も精神も破綻し、滅亡してしまう人物が出てくるが、現在の多くの棋士はその状態であると。
で、藤井棋聖のみが圧倒的地力で魔神の力をねじ伏せ、自分の糧としている。
と言うことらしい。
量子コンピュータレベルの計算力を持つ藤井棋聖が不確定性原理を超越する?
話しは変わるが、先日『人間サイズの物体に「量子的ゆらぎ」が確認される! ゆらぎ幅のコントロールも可能に』という記事を読んだ。
人間大の物体の量子テレポーテーションが可能になるかも!という記事なのだが、私が興味を持ったのは『揺らぎ幅を最小化させる処理を行うと不確定性原理の定める位置の詳細さの限界を突破した』という部分である。
スタートレック的なテレポーテーションが不可能だと考えられていた理由
量子テレポーテーションで送ることができるのは「情報」のみなので、物質を直接送ることはできない。
ではどうするかというと、情報だけを送って、送った先で(非常に雑な説明だが)3Dプリンタで復元する、という作業を行うわけだ。
しかし、But。一般的な人間の原子の数は「10の27乗」以上ある。
そしてその「10の27乗」の原子の情報を余すことなく送ることができたとしても、次にその無限とも言うべき原子の一つ一つを身体のどの場所にあるかという「ピッタリ同じ場所」に置いて再構築しなければならないという、超絶困難な作業が待っている。
さらにここで問題となるのは、原子のような小さな粒子には「ゆらぐ」という性質があり、「ピッタリとこの場所にある」ということは不可能ということになっている。
これが「不確定性原理」と呼ばれるもので、要するに、極小の世界では、「大体ここにある」としかいえないわけだ。
それゆえこれまで量子テレポーテーションの作用を使って、スタートレックでカーク船長やミスタースポックが「転送」されるようなテレポーテーションを行うことは不可能だと考えられていた。
不確定性原理の予想する揺らぎの範囲を70%程度にまで抑えることに成功!
ところが今回の実験で、この「大体」という幅を70%にまで抑えることに成功したらしい。
「この範囲にある」ということしか分らなかったのに、その中から「7割方この辺にあるよね」と絞り込むことができたということだ。
部分的にではあるが、「不確定性原理」を超越してしまったことになる。
藤井棋聖は「10の220乗」という揺らぎを読み切る⁈
で、かなり遠回りしたのだが、私が言いたいのは藤井棋聖はこの量子力学の世界に存在する「ゆらぎ」をかなりの確率で押さえ込んでいるのではないか?という仮説である。
不確定性原理によるリミッターを解除してしまっているのではないかと。
先ほど人間を構成する原子の数は「10の27乗」以上というお話をしたが、将棋の棋譜数(初手から詰までに至るパターン)は最低でも「10の220乗」ある。
観測可能な宇宙空間にある原子の数が10の80乗程度といわれているので、これがいかに途轍もない数字だということが分るはず。
事実上無限、定めることは不可能、=不確定なのだ。
ソフトは人間をはるかに凌ぐ演算能力でその中から「最善手」を導き出すわけだが、それとて「10の220乗」全てを計算したわけではない。
それゆえ安易にソフトの手に乗っかると、「お呼びでない」状態となってしまい、奈落の底に真っ逆さまとなってしまうわけだ。
しかし藤井棋聖は唯一、その「10の220乗」という揺らぎを制御し、ソフトも計算しきれなかった一手を盤上に放つ。
これは不確定性原理を超越し、神の領域に足を踏み入れているといえるのではないだろうか。
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