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温故知新に見る藤井棋聖の謙虚・素直さ

温故知新に見る藤井棋聖の謙虚・素直さ

【写真 日本将棋連盟】

18歳の史上最年少タイトルホルダー藤井聡太棋聖は、王位戦第三局に勝利し、3勝0敗、最年少二冠・八段に王手をかけた。

ここで注目されたのが藤井棋聖が採用した戦型だ。

「土居矢倉」と「雀刺し」

「土居矢倉」と「雀刺し」

ともに現代将棋では用いられることの少ない、いわば「昭和の遺産」ともいうべき手法である。

「土居矢倉」は大正から昭和にかけて活躍した土居市太郎名誉名人が好んだ戦型で、守りの堅さよりも「攻守のバランス」にすぐれたもの。

ただ平成になって「穴熊」と呼ばれる自分の王様をガチガチに固める守りを用いて戦う「堅さは正義」の時代が到来したためほとんど使われなくなっていた。

一方の「雀刺し」は、「槍」と呼ばれ、一直線に突き進む「香車」という駒と、縦横無尽に盤上を駆け巡る攻めの駒「飛車」を縦に並べ、それに斜めに進む「角」の働きを組み合わせたもの。

抜群の破壊力を誇るが、防御がおろそかになってしまうため、こちらも近年のタイトル戦で指されることはほとんどなくなっていた。

しかし藤井棋聖は王位タイトルに王手を掛ける大事な一戦で、この昭和の遺産である2つの戦法を採用した。

確かに将棋AIの登場により、守備の駒を攻撃に参加させるなど、攻守のバランスが重視されるようになってきた。

とはいえ、一度「終わった」と考えられ、過去のものとなった手法を再評価し、大事な一戦で用いることはそうたやすくできることではない。

「温故知新」をいとわない。

藤井棋聖の強さは「良い将棋を指すためならどんなことでもする」という謙虚さ、貪欲さ、素直な姿勢にあるのではないか。

良い将棋を指すためなら謙虚・貪欲になれる素直さ

現在藤井棋聖とはAbemaTVトーナメントで「チーム永瀬」を組むチームメイトであり、棋聖戦・王位戦の挑戦者決定戦で戦ったライバルでもある永瀬拓矢二冠(叡王・王座)はインタビューでこう語る。

藤井さんは当時まだ14歳とかですけど、既に実力を身に付けていながら謙虚でいるというのは……普通に考えたら天狗になると思うんですよ。自分からしたら(笑)。

凡人からしたら、天狗になって当然。それだけの才があって、それだけの棋力があって……どうやったって負けがないわけじゃないですか。

にも関わらず、その段階でも謙虚でいる。それは、才能以上にすごい精神力なのかな、と。

永瀬七段(当時)は常々『謙虚な人は、それだけで強いんですよ。』と考えており、藤井四段(当時)をVS勉強会(1対1で対局を行う勉強会)に誘った。

その後二人は切磋琢磨を続け、永瀬七段はタイトルを連取して二冠となり、藤井四段は最年少でタイトルホルダーとなる。

ちなみに10歳も年下の藤井棋聖に対し「僕がここまで実力をつけ、タイトルが取れたのは藤井棋聖のおかげです」といい、自分よりも格上であると公言する永瀬二冠もまた謙虚さを持った素晴らしい人格者である。

「最善の一手」という悟りを目指す求道者

藤井棋聖には小学生の時、指導対局で相手をしてもらった谷川浩司九段が終了時間が来たので引き分けを提案すると、突っ伏して号泣してしまったというエピソードがある。

つまりそれくらい負けず嫌いな性格なのだが、現在の藤井棋聖は勝負の結果よりも「自分のテーマ」を大事にして将棋を指しているように思われる節がある。

「最善の一手」という究極の悟りを求める禅僧のような風情が漂うのだ。

それは持ち時間の使い方にも表れている。

将棋の対局ではそれぞれに3~6時間程度の持ち時間が与えられ、その間に手筋を読み、検討し、勝利を目指す。

ここでほとんどの棋士は、勝負どころであり焦ってしまう終盤のために時間を残し、序・中盤は割とサクサクと指し進めていく。

ところが藤井棋聖は違う。

序盤だろうと中盤だろうと、納得がいくまで時間を使いまくり、とことん考え抜くのだ。

そのため終盤になって相手の持ち時間が1時間以上余っているのに、藤井棋聖の持ち時間は「残り10分」ということも珍しくない。

詰め将棋で鍛えた棋界最強の終盤力があるからこそできる所業ともいえるが、勝負に負けることよりも「妥協した一手」を指すのがとてつもなくイヤなのではないか。

今回の土居矢倉や雀刺しも、木村王位に勝つことよりも「良い将棋になりそうな戦型を試してみたい」という好奇心、向上心が勝っていたのではないか。

目の前に置かれた盤面や駒よりも、もっとずっと遠くを見据えている。

そんなことを感じさせられた一局だった。

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